admin: 2010年1月アーカイブ

「言語学者」への夢潰(つい)えて・・・
         一週間で学窓からやっちゃ場へ

二〇一〇年。そういえば西暦※※年ていうのは数え年なんだね。
昨年は梅爺は数え年七十七才、喜の字の祝いを大勢の方々に祝福されて、
だれもなにもくれなかったけど、まあ新年明けましておめでとうございます。
本年も相変わらず、まあ変わってもいいけどね、よろしくお願い・・・・・・。
と、ここで突然ですが、重大ニュースの発表があります。
昨年12月号の「農林リサーチ」への特別寄稿の所為で、いやお蔭様で、というより
キコウがキッカケで江戸甘味噌クッキーは来月、バンコクに出展することになりました。
万国博覧会に出展かと早合点の問い合わせをいただきましたが、
慌て者、そそっかしい奴、オッチョコチョイにはご返事さしあげません。

さすが業界一の、いや業界唯一のオピニオン情報誌。
見てるヒトは見てるんだね、読んでるかどうかは別にして。

恐れ多くも、なに恐れなくてもいいのか今は。
経済産業省の外局のひとつ、中小企業庁の主催で、
「アジア・中東グローバルパスポート2010」
「いざ、世界へ」
「目的地は、新たなビジネスステージ」
「さあ、海外市場にチャレンジしませんか?」
「日本カワイイスイーツ・・・タイ・バンコク」。

「いざ、世界へ」の"いざ"は新たな決意で行動を起こすときに、
自分や相手を力強く促したり誘ったりしていう語です。
ということで、「いざ行かん」
「今こそわかれめいざ去らば<あおげば尊し和菓子の恩」>が、
ならぬ成功したら洋菓子の恩っていうところか。

「東京土産に粛々」とか「ニッポン土産にドーダ」といわれて、
オーイエス、ジャパニーズテイストクッキー・バタヌキ・デリシャス・ポーン・
ドーダ・ドーデスカ・ドデスカデン―などと、書き連ねてはみたけど・・・さて。
ちなみにバンコクとは正式な都市名ではない。
異国人がそう呼んでいるだけで正式にはクルンテープ。
「天使の都」の意でロサンゼルスと同じかな。

「アメリカを米国と書くがニッポンはと聞かれて、アメリカが米の国なら
ニッポンはジャー・パンだ」というわけで、呂律が回らないというか歯切れが
悪いというか、いずれにしても「犬は吠えてもキャラバンは進む」のである。

詳細は、そして報告はいずれ後ほどということで。

前号で梅爺が中途半端なことを書くのでわけがわからなくなるから、
「わかるように書け」ということで、まず梅爺の生い立ちから。
といったら長すぎるから、思えば54年前のことである。

ところはH大学教授で言語学者亀井孝先生の御自宅の書斎。
ほんのりブランディの香りが漂う紅茶をまえに、英・独・仏三ヶ国語の
原語を読みこなせる能力を持つもののみが座る座席に三ヶ国語のうち
二ヶ国語があやふやな学生が座っていた
(もっとも後の一ヶ国語も全然、全く、まるで・・・なのだが)。

「二年間ください。一所懸命頑張ります。お願いします」

苦笑いをうかべながらも師曰く(のたまわく)

「いっしょに勉強しましょう」
英・独・仏・ギリシャ・ラテン、そして、ゆくゆくはサンスクリット語(梵語)ヘイ!ボンゴ。
商学部を卒業し、兼ねてからの望みどおり社会学部に学士入学。

「仰げば尊しわが師の恩、学びの庭にも早幾年(いくとせ)」
が、たった、たった、たたたたたたの一週間。

「チチニュウインスシキュウイチバニハイレルカスへマ」
(父が入院しました。至急市場に入れますか?すぐ返事をしてください。待ってます)
という意味の電話があった。

家業を継ぐのが嫌で嫌で大嫌い。
それで家業から飛び出したのにそれがいまさら家業に帰る。

「カエサルの物はカエサルに、カエサザルモノハカエサセルゾ」
「賽は投げられたのか、それとも匙を投げられたのか」

なんたるこった、惨たるこった、サンタ・ルチーア。

じやんけんぽんのさんすくみならぬ恩師と家業の板ばさみ。

言語学の世界からいきなり
「赤ん坊がよう、崖で悩んでいたからよう、バンドで殺して買ってきたけどよう、
売れねーからよう、泣きっ面でひっぱたいちゃった」の世界へ。

翻訳すると―
人参が、一箱900円で売れ残っていました。
800円に負けて貰って買ってきたけれど売れないから750円で売り払ってしまいました。
恩師の母校・東京大学大学院から一挙にやっちゃば大学付属中学校課外事業に―。
これからが梅爺の、いや梅若の苦心惨憺・悪戦苦闘・孤軍奮闘のはじまりはじまり。

ある時は、いや、ない時は「色即是空」あるようでないのが「金」。


 寒月や金の工面の影法師 塩梅

のんびりカ行(家業)で合せている場合じゃないだろう。

 色動く銀座八丁冬の月 塩梅

華やかに見える舞台も虚ろに見える。
躁から鬱への躁もなく、起きた途端に塗炭の苦しみ。
様々な問題にぶつかりながら、梅爺は考えた。
「商売が苦手の自分にとって、なにが一番大事なのか??」
「いまさら大卒が丁稚小僧の修行の真似はできないし・・・」
勉強が好きで好きで大好きで市場に来る青年はあまりいない。

けれどこの道にスゴイ力を発揮している社員は大勢いる。
みんなの持っている能力を最大限に発揮してもらい、それを会社の発展のためにまとめあげていく。
いわばオーケストラの指揮者みたいな役割を・・・
なんていっても指揮者のことなど何も知らないでいい気なもんだ。
どう考えたってただ棒を振ってるわけじゃあるまいし。

 分かっちゃいるけど・・・
 止めたら胃がんに・・・

そろそろフェスティンガー氏の登場である。
1911年ニューヨーク生まれの氏が唱える「認知的不協和論」というと、
一見むずかしそうであるが、いくつかの例を挙げれば分かりやすいだろうから、
まずはギリシャのイソップだかアイソポスだかの寓話「狐とぶどう」の例。

おいしそうなぶどうを見つけた狐はとびあがって取ろうとしたが、どうしてもとどかない。
そこで狐はあきらめて「どうせスッパイぶどうだろう。たべてもうまくないや」と考えた。

"つまり・・・"と短兵急に解説するのはやめてもう一つの例。

ヘビースモーカーにタバコは体に悪いぞと忠告する。
これが「わかっちゃいるけどやめられない」
「スイスイ吸いナガラッダでストレス解消、ここで止めたら胃がんになるぞ」というわけ。

自分の思っていることと違った情報が入ってきたとき、
人は自分の持っている情報をもとにそれを否定するという
イージーゴーイングなやり方に陥りがちである。

 さて、今回は紙幅が尽きたようで。
「認知的不協和論」の梅爺の御託は次回に並べさせていただきます。

※株式会社農経企画情報センター発行の「月刊 農林リサーチ 2010年1月号」に特別寄稿として掲載されました。

味噌とクッキーのコラボ

「江戸」と「今」を仲立ちする

 青果仲卸売業者にすぎない当社がなんで「江戸甘味噌クッキー」なのかと問われる前に

いつだれが
どこでどうして
どうやって
なにをするのか
なんでするのか
(WWWWWHH)

と、自問自答しなきゃならないのにWH(ダブルエッチ)でハウマッチいくらかかるか、
とんと収支の検討が付かないうちに粛々(しゅくしゅく)と厳かに川を渡る・・・
とは大袈裟か。

そもそものキッカケは江戸甘味噌である。
江戸元禄時代に誕生し、米麹をふんだんに使い、独特な甘みを持った粋(いき)な味噌。
江戸から明治・大正時代までは東京の需要の60%以上を支えていた。
「贅沢は敵だ」の時代に入って、まぼろしの味噌となったが、近年復活しつつあり、
東京都の地域特産品に認定されている。
江戸甘味噌とくれば、これはもう「おッ、こちとら江戸っ子でえ、べらんめえ」なのである。
ということで1873年(明治6年)創業の当社の出番となったしだい。

1383年創業の「レーベンブロイ」(ドイツ銘柄のビール)を晩酌に、
1662(寛文2年)創業の「宮坂醸造」の御御御付け(おみおつけ)を
朝昼かかさない梅爺(筆者のペンネーム)にとっては
「1873年創業」ぐらいじゃなんのなんのと言うところだが、
ここで「江戸っ子」効いてきたんだ。
かくして、宮坂醸造執行役員S氏の技術指導による「江戸甘味噌クッキー」の
登場と相成った。

販売者は梅爺のキャラをもつ当社、築地梅村屋。
そして、その狙いは・・・・・・
ジャジャジャジャーン、「東京土産」である。
まさに運命的出逢いである。
これまでの東京土産をけなすつもりは毛頭ないけれど、
正直な話、かっては相当にあったのに、もうとうにない。
「江戸甘味噌クッキー」は新しい東京土産の輩出である。

江戸以来の甘味噌と味噌=健康というイメイジに加えて、
クッキーだけれどバター抜き。
「オオッ、ジャパニーズテイストクッキー・デリシャス」と、
ポーンとひと口でいけるくらいの粋な味わいがある。


味噌メーカーと青果仲卸のコラボレーション-。
事ここに至るまでの当社の一部始終・経緯(けいい)・経緯(いきさつ)・プロセスは、
甘味噌クッキーを食べるみたいにポーンと一口には語れないのだが、ある日ある時、
所属する東京中小企業家同友会支部から創業以来の歴史を語れとの話が舞い込んだ。
「(店が)続いてきちゃったものしょうがねえや」なんてふてくされるわけにはいかない。
お世話になった会である。
自主・民主・連帯を旗印に良い会社・良い経営者・良い経営環境をつくろう、
国民や地域とともに歩む中小企業を目指すという高遠な心をもった会である。
そんな会のためなら「ええんやこらどっこいしょ」である。
ということもあって、この際当社がなんで続いてきちゃったのか考えてみることにした。

 キーワードが幾つかあるが、主なものを取り敢えず。

(1)「認知的不協和理論」
(2)「不安定からの発想」
(3)「君子豹変小人革面」
(4)「起承転結起承転開」

(1)は米心理学者フェスティンガーの理論。「それをいっちゃあお仕舞いよ」である。
(2)は佐貫亦男著「不安定からの発想」(絶版)。
  ライト兄弟はなぜ飛行機を飛ばすことに成功したのか?にヒントがある。
(3)は「易経」が出展。「君子豹変とは変?」かどうか考えてみたい。
(4)は漢詩の句の並べ方。
  起承転結じゃあ一巻の終わりだよ、そこで一貫して通してきたのは何か、問い返してみたい。

というわけで「降る雪や老舗はいつも新しい」と、太鼓の拍子が突然変わって突拍子もない場面の始まり始まり。
表紙が変わったくらいでは驚かないし、味噌クッキー位でも驚かないが、
江戸甘味噌漬けの鯖やヒラメの舞い踊り、
開けちゃいけない玉手箱となれば・・・。
開けたとたんに白煙たちこめて見る見るうちに・・・。
そうだ、もともと「梅爺」だったっけ。(お後は次号で)

※株式会社農経企画情報センター発行の「月刊 農林リサーチ 2009年12月号」に特別寄稿として掲載されました。

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