味噌とクッキーのコラボ

「江戸」と「今」を仲立ちする

 青果仲卸売業者にすぎない当社がなんで「江戸甘味噌クッキー」なのかと問われる前に

いつだれが
どこでどうして
どうやって
なにをするのか
なんでするのか
(WWWWWHH)

と、自問自答しなきゃならないのにWH(ダブルエッチ)でハウマッチいくらかかるか、
とんと収支の検討が付かないうちに粛々(しゅくしゅく)と厳かに川を渡る・・・
とは大袈裟か。

そもそものキッカケは江戸甘味噌である。
江戸元禄時代に誕生し、米麹をふんだんに使い、独特な甘みを持った粋(いき)な味噌。
江戸から明治・大正時代までは東京の需要の60%以上を支えていた。
「贅沢は敵だ」の時代に入って、まぼろしの味噌となったが、近年復活しつつあり、
東京都の地域特産品に認定されている。
江戸甘味噌とくれば、これはもう「おッ、こちとら江戸っ子でえ、べらんめえ」なのである。
ということで1873年(明治6年)創業の当社の出番となったしだい。

1383年創業の「レーベンブロイ」(ドイツ銘柄のビール)を晩酌に、
1662(寛文2年)創業の「宮坂醸造」の御御御付け(おみおつけ)を
朝昼かかさない梅爺(筆者のペンネーム)にとっては
「1873年創業」ぐらいじゃなんのなんのと言うところだが、
ここで「江戸っ子」効いてきたんだ。
かくして、宮坂醸造執行役員S氏の技術指導による「江戸甘味噌クッキー」の
登場と相成った。

販売者は梅爺のキャラをもつ当社、築地梅村屋。
そして、その狙いは・・・・・・
ジャジャジャジャーン、「東京土産」である。
まさに運命的出逢いである。
これまでの東京土産をけなすつもりは毛頭ないけれど、
正直な話、かっては相当にあったのに、もうとうにない。
「江戸甘味噌クッキー」は新しい東京土産の輩出である。

江戸以来の甘味噌と味噌=健康というイメイジに加えて、
クッキーだけれどバター抜き。
「オオッ、ジャパニーズテイストクッキー・デリシャス」と、
ポーンとひと口でいけるくらいの粋な味わいがある。


味噌メーカーと青果仲卸のコラボレーション-。
事ここに至るまでの当社の一部始終・経緯(けいい)・経緯(いきさつ)・プロセスは、
甘味噌クッキーを食べるみたいにポーンと一口には語れないのだが、ある日ある時、
所属する東京中小企業家同友会支部から創業以来の歴史を語れとの話が舞い込んだ。
「(店が)続いてきちゃったものしょうがねえや」なんてふてくされるわけにはいかない。
お世話になった会である。
自主・民主・連帯を旗印に良い会社・良い経営者・良い経営環境をつくろう、
国民や地域とともに歩む中小企業を目指すという高遠な心をもった会である。
そんな会のためなら「ええんやこらどっこいしょ」である。
ということもあって、この際当社がなんで続いてきちゃったのか考えてみることにした。

 キーワードが幾つかあるが、主なものを取り敢えず。

(1)「認知的不協和理論」
(2)「不安定からの発想」
(3)「君子豹変小人革面」
(4)「起承転結起承転開」

(1)は米心理学者フェスティンガーの理論。「それをいっちゃあお仕舞いよ」である。
(2)は佐貫亦男著「不安定からの発想」(絶版)。
  ライト兄弟はなぜ飛行機を飛ばすことに成功したのか?にヒントがある。
(3)は「易経」が出展。「君子豹変とは変?」かどうか考えてみたい。
(4)は漢詩の句の並べ方。
  起承転結じゃあ一巻の終わりだよ、そこで一貫して通してきたのは何か、問い返してみたい。

というわけで「降る雪や老舗はいつも新しい」と、太鼓の拍子が突然変わって突拍子もない場面の始まり始まり。
表紙が変わったくらいでは驚かないし、味噌クッキー位でも驚かないが、
江戸甘味噌漬けの鯖やヒラメの舞い踊り、
開けちゃいけない玉手箱となれば・・・。
開けたとたんに白煙たちこめて見る見るうちに・・・。
そうだ、もともと「梅爺」だったっけ。(お後は次号で)

※株式会社農経企画情報センター発行の「月刊 農林リサーチ 2009年12月号」に特別寄稿として掲載されました。

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このページは、adminが2010年1月12日 16:06に書いたブログ記事です。

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